よるのしじま

ニートの季節

金木犀の匂い

乱雑なペースで日記を書きはじめた。それがブログの代替になっていたせいかもしれない。久しぶりの更新になる。

 

そもそも、書く気力が無かった。これもただしい。

……遅れた理由なんてどうでもいいね。ごめんなさい。…そもそも謝る必要もない。これはいつかの僕にむけて書きなぐっているだけのものだから。

 

 

相変わらず自殺できる気はしないし、かといって明確な生きる理由が見つかったわけでもない。

要は、停滞するだけの夏だった。

人生でいちばん儚く過ぎた夏だった、気がする。

 

肌寒い夜、緩い酩酊の隙間に気象予報士が喋る。気温は日増しに下がっている。昼夜の寒暖差はIBS持ちには辛い。

いつの間にか蝉の声はぴたりと止んでいた。今となってはあの喧騒が懐かしい。

 

そんな寂寥感と、生への茫漠な虚しさに加えて。

どこか懐かしさを漂わせながら記憶をくすぐってくる金木犀の匂いが、大気に満ちている。

季節は、物哀しい秋になった。

 

相変わらず僕は、引きこもっている。

外出といえばたまの深夜のコンビニ巡りくらい。やはり、対人恐怖は続く。引きこもっているんだから当たり前なんだけれど。

 

これを書いている僕は、例のごとくラリっているから、何を伝えたかったのか憶えていない。だから、いま思えることだけ綴る。

 

 

ニヒリズムはきっと、僕が世界とお別れするまで消えてはくれないだろう。

自殺はきっと、成功しないだろう。今の様に理性を失えば、死ねる気もするけど、それでもどこかでブレーキを引いている。

やっぱり僕は死にたくない。

死に向き合おうとしすぎて、余計に死ぬのが怖くなった。かといってそれは、ポジティブな生きる理由にはなってくれない。

浮いたり沈んだりの滞った日々の中で、あいも変わらず何一つ大切なものを…見いだせずにいる。

誰でもいい…なんでもいい…なにか、ひとつ、

生きる理由があれば。僕は幸せに、死ぬまでの道を駆け抜けられる気がするんだ。

これは贅沢な欲求だろうか。

 

進化なんて、生きる上で、正しいだけのもの。人間は、来てはならないとこへ来てしまったように思える。虚しい時代だ。とても。理性を保ってはいられないほどに。

…そんな世迷い言が、知識の乏しい脳内を闊歩する。

 

……僕は…どうすればいい?

無限に広がる可能性と、一瞬の命を前にして、虚しさ以外に、何を抱けばいい…?

教えてよ……君が、救いになってよ…。

 

刹那的な快楽主義にでも浸りたいけれど、そんな気力も今はない。とにかく、現在地が知りたい。拡散したアイデンティティ…いやそもそも、僕はずっと今まで空っぽだったから拡散するまでも無い。僕の中には僕を定義するだけの材料が詰まってない。

 

今さら僕が僕を育てるには、不安が多すぎる。方向性が定まらない。どっちへ進めば良いのか。自我の確立が遅すぎて、半端で余計な知識に雁字搦めになっている。そもそも正しさなんて培えるものでもないんだろうか。

 

 

最近現実感が薄れてきた。自分はおろか、他者の存在が信用できなくなっている。他人は表象に過ぎない…そんな言葉をこじらせてしまった感じた。こうなるともう、虚無感は広がる一方で、あああ…優しく死にたい。

 

 

 

 

 

コオロギが遠くで鳴いている。僕は未だに恋を知らない。善く生きるためのヒントは、そんな所に転がっているかもしれない。だって、人類は狂った様にそれにとらわれてるから。

絶え間無く消費されていくラブソングに耳を塞ぎたくなって、そんなことを思った。


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